このコーナーでは、自衛隊のイラク派兵や憲法第九条の問題について、自由に意見を書き込んでください。反論も自由です
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ソマリア沖海賊問題の解決法 市民の平和主義者 【2009/02/05 17:14:56】 [返信] [削除]
初めまして

ソマリア沖の海賊対策として、政府は自衛隊の派遣を考えているようですが、「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」という憲法第九条の条文に照らして、海賊とはいえ、「国際紛争」を解決手段として、「武力による威嚇又は武力の行使」を前提として、武装自衛隊を派遣することは、明らかに憲法に抵触します。

そこで提案ですが、ソマリアの海賊に輸送船団の護衛を任せたらどうでしょう。各国が海軍を派遣するために要する経費の半分を、ソマリア政府に援助の目的で交付し、そのうちの何%かを護衛に当たった海賊に手当てとして支給する。その方が護衛船団を派遣する各国にとって支出が少なくてすみ、また海賊達にとっても、殺される恐れがなくなり、海賊行為を働くより、実入りもいいはずで、正に一挙両得ではないでしょうか。

あるいはそれが不可能な場合は、一層のこと中国海軍にお金を払って護衛を代行してもらっては・・・・そうすれば、日本が国際紛争に武力を絶対に用いないという日本人の意志を中国に伝えられ、結果として東アジアの平和と共存に益するのではないでしょうか。

国際社会から顰蹙を買おうが、「軟弱」だと笑われようが、日本は平和国家として絶対に九条は護るという意志を国際社会に発信し続けること、それこそが勇気ある行為であり、日本が国際社会から信頼させ、尊敬される一番の近道だと思うのですが・・・・・。


Re:ソマリア沖海賊問題の解決法 市民の平和主義者 【2009/02/05 17:32:08】 [削除]
一つ書き忘れました。

武装自衛隊をソマリア沖に派遣することが、ある意味でイラクに派遣することより危険なのは、本来警察行動であるべき、海賊対策を軍隊が代行して行うことにあり、その事の危険性は、戦前、軍部が警察行為に過分にかかわり、芽生えつつあった自由の息吹を圧殺してしまった歴史よって証明されます。

ソマリア沖で自衛隊艦隊が、海賊を武力で取締ることで、それが当たり前のこととして認められ、やがて自衛隊が国内の治安維持に乗り出してくる・・・・再び悪夢の時代がやってくるのでしょうか。


Re:ソマリア沖海賊問題の解決法 Kappa 【2010/04/11 11:45:34】 [削除]
なぜ軍がいかなければならないか?
警察はうちに向かっての武装組織だから
政府がない国には軍隊しかいけないのですよ。
自己完結力があたりませなのが各国の軍体という武装組織。
戦前の軍が警察力のかわりをして
弾圧したのではなくコミンテルンという暴力集団(共産党)
がテロをおこなうから軍隊しか対応できなかったのです

まともに Kappa 【2010/04/11 11:41:08】 [返信] [削除]
どうせ派遣するなら
手ぶらでいかせるな。ちゃんと武器なでども携行させろ

政局とマスコミ事情 末延芳晴 【2009/05/07 19:04:00】 [返信] [削除]
麻生首相は、衆議院の解散について「解散するかしないかは、首相の専権事項」とバカの一つ覚えのように繰り返し、解散を引き伸ばし、マスコミもそれを当たり前のように是認しています。しかし、総理大臣が民主的選挙で選ばれている以上、解散権を持っているのは国民のはず。その国民の8割以上が解散を望んでいる以上、麻生首相は国民の意志を尊重して、一日も早く解散しなければならないのは、子供でもわかる道理です。

この人には、自分が国民よって選ばれて総理大臣に就任したという自覚が全くないように見受けられます。一方、国民の方には、例の「郵政選挙」のインチキで自民党が大勝利し、そのお余りで総理大臣になれただけで、この人を総理大臣に選んだという自覚は全くありません。

民意と民意を代表しているはずの総理大臣との意識の決定的落差、あるいは齟齬・・・・にもかかわらず、この落差を解消する手立てを国民は奪われ続けている。そこに今、日本が行き所のない「閉鎖的時代状況」に陥っている根本原因があるのだと思います。

自民党の都合で選挙管理のためだけに選ばれたこの総理大臣は、就任早々、解散の時期について問われ、「天意に従う」と答えていました。政治家にとって「天意」とは、国民の声のはず。総理大臣は「天意」に従うことを条件に、国権の最高行使者として、権力を付託されているはず。「天意」が自分の側にないことを知った以上、総理大臣の職務は、速やかに国会を解散して、「天意」を問うべきなのです。

ところが、小沢一郎民主党代表の公設秘書の逮捕以来、一連の動きを見ていると、政治と検察と報道が一体になって、強引に「天意」を自民党の側に捻じ曲げようとしているように見えてなりません。今のところ、国民は、こうした動きの背景に、麻生首相の好む言葉を使えば「ドス黒い」策謀が働いていることを見抜いているようで、各種の世論調査を見る限り、「天意」はかなりの程度小沢代表からは離れたものの、民主党と政権交代からは離れたように見えません。国民が、小泉元首相の絶叫パフォーマンスとマスコミの扇動に踊らされて、「郵政選挙」で自民党に大勝させてしまったことで、どれほど大きなツケを払わされ続けなければならなかったか、ようやく気づくようになったからです。

このまま、麻生首相と自民党の「ドス黒い」策謀が功を奏し、「天意」は民主党と政権交代から離れ、自民党政権が継続し、結果として自衛隊は益々「戦う軍隊」として肥大化し、弱者切捨て、「勝ち組」と官僚「万歳!」の専制国家へと、日本は転げ落ちて行くのか。それとも、その流れを阻止し、真に民主的で平和主義国家として日本が進むべき本来の方向に、もう一度舵取りを修正できるかどうか、すべては「天意」を司る国民の意識のレベル、具体的には「市民」としての成熟度にかかっている。その成熟度は、国民が政治とメデァアの「ウソ」をどこまで冷静、且つ正確に見抜けるかにかかっていると思います。

話は変わりますが、最近、ニューヨーク・タイムズやウォール・ストリート・ジャーナルを読む機会があり、紙面のサイズがタブロイド版のように小さくなり、記事の数が減っていることに愕然としました。アメリカの新聞社の経営がかなり悪化しており、ニューヨーク・タイムズが本社ビルを売却したことなどは知っていましたが、まさか新聞本体がこれほど弱体化しているとは・・・・。

これに対して、日本の新聞はまだ大判のスタイルを取っていますが、少子化にともなう将来人口の減少が欧米と比べて遥かに深刻で、発行部数の大幅な減少が避けられないだけに、朝日や讀賣の紙面がアメリカの新聞に習って、タブロイド化するのもそう遠くない将来のことと思われます。そうなれば在宅購読者の数は一気に減り、新聞社の経営は悪化し、倒産とか合併の可能性も出てくるはずです。現に、一般読者には見えないところで、各紙共に経営採算の悪化阻止に悪戦苦闘しており、新人記者の採用数の削減や紙面の縮小など、結果として新聞の劣化を招くことになりかねない手立てを講じざるを得なくなっているという話を、新聞業界内部の人から聞きました。

小沢代表の公設秘書の逮捕を巡る一連の報道では、明らかに公平性が欠け、民意を民主党から引き剥がし、自民党の方に誘導しようという意図的策謀が見え隠れしていたように思えます。例えば、逮捕された公設秘書が西松建設のために公共工事受注のため便宜を図ったことを自供し始めたという記事が各紙のトップで報じられ、NHKはじめテレビのニュース番組でも大々的に取り上げられ、大方の国民に「やっぱりな」と思わせる報道が行われました。

ところがこの報道について、公設秘書の弁護団が記者会見を開き、「事実でない」抗議したことは、ほとんどの国民は知らされていません。確かに、朝日新聞は弁護団の主張を伝えましたが、自白報道とは比較できないほど小さな扱いでした。他の新聞はどうだったのでしょう。NHKはそのことを伝えたのでしょうか。おそらく伝えていないと思います。この問題の報道で、公平性が著しく損なわれた一例といえるでしょう。しかも、一層問題なのは、「自白した」という間違った情報をだれが流したのか、検察筋なのか、政府筋なの、それともマスコミの方の勝手な憶測によるものなのか、その辺の事実の検証が全く行われていないことなのです。


Re:政局とマスコミ事情 末延芳晴 【2009/05/07 19:05:56】 [削除]
(上の続き)

今回の報道では、「検察筋によると」とか「検察内部の人からの情報に夜と」といった形で、リーク情報が盛んに流され、メディアはそれを鵜呑みにして、猛烈に小沢バッシングを展開し、朝日新聞はじめ大手の新聞は一様に「小沢代表辞任すべし」の社説を掲げました。にもかかわらず、検察情報がどのように流され、意図的に造られた情報がリークされたか、どの新聞、テレビメディアも全く検証しようとしていません。この事実ほど、明解にメディアがメディアの責任と使命を自ら放棄していることを証明している事実はないと思うのですが・・・・・。

なぜメディアが「自殺行為」に等しい過ちを再三犯してしまうのか。考えられる大きな理由は、テレビは言うまでもなく、新聞もまた経営基盤の多くを広告収入に頼っているということです。新聞、テレビ各社にとって、購読者数や視聴率の低下以上に深刻なのが、不況による広告収入の減少で、これ以上の減少は何が何でも食い止めたい。これに対して、政府や与党は、「今がチャンス」トばかりに、「小沢を潰せ」というメッセージを発信する。それを、企業や広告代理店が以心伝心で受け止め、例えばA紙の経営者に対して、「早期の総選挙を通して、政権交代を!」という今の報道姿勢を続ける限り、お宅には広告を載せないとプレッシャーをかければ、A紙は「早期解散・政権交代」の論調を自粛せざるを得なくなく。こういうことが、国民の目に見えないところで行われているのでないか。

本当か嘘かはわかりませんが、A新聞の最大広告主は創価学会であり、聖教新聞の印刷を一手引き受けしているのはY新聞であるなどという話も聞いたことがあります。まさかとは思いますが、大手新聞とテレビ会社の社長や論説主幹などが、毎月定期的に総理大臣と会食している事実などを知るにつけ、ありえない話ではないという気がしてきます。

あるいは、これも本当かどうかわかりませんが、メディアが検察の「悪」をつけないのは、各誌が公にしているいわゆる「公称発行部数」の嘘を検察に見抜かれていて、それで検察に頭が上がらないからだという話を聞いたこともあります。つまり、検察を怒らせて、発行部数の偽造で、経営者が逮捕されるのが怖いからというのです。それなら、なぜ発行部数を偽るのか? 要するに、部数が多ければ多いほど、広告が付きやすく、広告料が高くなるからだそうで、もしそれが事実だとすれば、新聞社は、自社社員の高級を賄うために、報道としての使命を放棄していることになります。

今、政治と官僚の癒着が問題になっていますが、それ以上に問題なのは、政治と報道の(目に見えないところで行われている)癒着ではないでしょうか。

日本の新聞やテレビ報道の現状と将来を一層暗くしているのは、メディアが国民のために真実を報道し、「天意」を伝えるという本来の使命を放棄し、権力に奉仕する(自民党による一党支配体制を半永久的に継続させる)ために、事実を曲げたり、事実を報道しなかったり、権力にとって都合のいい事柄だけを大きく報道することによって、国民の意識を誘導しようとしていることで、そのことによって逆に信頼を失い、それが全国民的レベルで新聞やテレビ離れを加速させ、読者や視聴者をインターネットに走らせていることなのです。

今、心ある国民が求めているのは、新聞やテレビに代わって、事実を事実として、真実を真実として伝え、本当の「天意」の形成に役立つような報道を行ってくれる、既存の新聞やテレビに代わるオルタナティブなメディア、具体的にはインターネット・メディアの確立ではないか。それは結局、国民一人一人が、市民市民一人一人が参加するメディアということになるのでないでしょうか。

「ガンジー村通信」編集後記 「ガンジーの会」世話人会 【2009/01/18 22:56:53】 [返信] [削除]
会員及び支援者各位

本日発行の「ガンジー村通信」より、藤森治子さんの「編集後記」を転載します。

***********************
「ガンジー村通信」編集後記/2009年1月18日


 30数年前、1970年代中頃、ポーランドのアウシュビッツ強制収容所跡
へ一人旅をしたことがありました。まだ東西冷戦状態の頃で、西側最後のウィ
ーン駅をショパン号という優雅な名前の列車に乗って不安とともにスタートし
ました。幸い親切なポーランドの青年のおかげで、隅々まで丁寧に案内を受け、
その夜アウシュビッツを後にし、ワルシャワへ向かったのでした。

 情報の少なかった時代に、困難な一人旅をしてまでアウシュビッツ強制収容
所跡まで行ってみようと私を駆り立てたものは、ナチス政権下で行われたあま
りにも人間の尊厳を踏み躙った組織的な虐殺行為の事実の跡を自分の目で確か
めたいという思いからでした。それは、広島を訪れて、初めて核兵器の非人間
性を身に染みて実感することと同じでした。

 もう随分昔のことになりますが、いまでも強制収容所跡に残された建物の壁
を、流れる涙を拭おうともせず、嗚咽をもらしながら撫でるようにして触れて
いく人たちに出合いました。ここで犠牲になった人たちの縁の人なのでしょう。
よろよろとよろめくようにして進む人々の幾つかのグループは、戦慄を覚える
ような殺伐としたユダヤ人絶滅工場跡以上に深く心を揺さぶられました。あま
りの衝撃にその後数日は思うように食事もできなかった記憶があります。

 ユダヤ人の被った悲劇をよく知り辿ろうとするのは、ヒロシマと同じように
このような地獄を二度とこの世に出現させてはならないと心に刻むためではな
かったのか・・・・・。そのために私はアウシュビッツまで出掛けて行ったの
でした。今、そういう悲劇の歴史とホロコーストの生存者をも含むイスラエル
が、ガザのパレスチナ人たちに形はちがっても同じ大虐殺をしている現実を前
にして言葉を失います。世界のだれもそれをとめることが出来ない現実を見て
暗澹たる思いです。

 イスラエルはホロコーストの犠牲者たちの訴えを無にしてしまいました。沈
黙の死者たちは決してガザの虐殺を許さないでしょう。死者を冒涜する行為で
す。他人事ではありません。同じことは、日本についてもいえます。300万
人という太平洋戦争中に戦死した死者たちを靖国神社に「英霊」として祀り、
その死を新たな戦争に利用しようとしている人々がいるのですからです。

 私たち人間はいつまでこの修羅道を生きていかねばならないのでしょうか。
先日、リュートに似た楽器で歌われるアラブ風な“Imagine”を聞く機会があ
りました。“Imagine there's no countries.・・・・・”の歌詞がほんの微
かな希望のように響き耳に残りました。いまこの地ほどこの歌が必要なところはないでしょう。

「ガンジー村通信」編集人
 藤森治子

ガンジー村通信」編集後記転載 「ガンジーの会」世話人会 【2008/12/24 12:02:46】 [返信] [削除]
会員及び支援者各位

12月21日発行の「ガンジー村通信」から、藤森治子さんの編集後記を転載します。


***********************
「ガンジー村通信」/2008年12月21日発行
編集後記/藤森治子


 劣化し続ける政治や傷んで悲鳴の上がりそうな経済のことを、ほんのひとと
き忘れたいと思って窓を開けると、欅の梢で鳴き交わしながら冬支度に忙しな
い鳥たちのざわめきが耳に入ってきます。小春日和の年の暮れの光の中で、自
然は自然の営みを続け「世はすべてこともなし」といいた気な風景です。この
自然がまだあったか、と傲慢な人間は安堵するのです。

 この頃の政治・経済の状態を見ていると、日本は第2の「敗戦」を迎えてい
るような気がします。政府も与野党の多くの議員も財界もその深刻さがまだ自
覚できていないし、国民もそこまで深刻と知らされていないのではないのでし
ょうか。この経済危機を首相は「全治3年」などと言っていますが大甘だと思
います。アメリカの経済破綻の状況を知らせる情報を見ても、素人でもその数
値の想像を超える桁の大きさに、尋常ならぬものを感じます。

 20世紀後半から発展し続けた「アメリカン・ウエイ・オブ・ライフ」が終
焉を迎えつつあり、そのアメリカに付き随ってきた「多国籍軍」・同盟国がす
べてこの「経済戦争」の敗戦国となったのです。とりわけ従属的な日本は、経
済・産業・労働構造をアメリカからの「年次要求書」でずたずたにされ、安全
保障・自衛隊も米軍再編の名の下に変質しようとしています。読売新聞社と米
ギャラップ社が11月中旬に実施した日米共同世論調査によると、現在の日米
関係を良いと思う人は、日本では34%に低下したと伝えています。そろそろ
アメリカ呪縛の幻想から覚めるときです。

 加藤周一は、戦争に向かい、戦争に負けつつある日本の戦前を、一医学生と
して見つめ続けながらこう書いています。(『羊の歌』から)

<世界はつくられたのかもしれないが、やがて滅びなければならないようにし
かつくられていない。「めぐみ」は与えられたのかもしれないが、やがて奪わ
れるようにしか与えられていない。すべての存在が死に到るのは、世界の内側
の構造のためであって、世界の外側からの「審判」の介入によるのではない。>

 津波のように押し寄せてくるこの傷みは、来年以降は激痛を伴うようになる
ことを覚悟していたほうがいいかもしれません。今度の「敗戦」も、やはり最
低10年はかかると思うし、それだけかかっても、「世界第2の経済大国」と
か「強い国」には戻れないし、その方がよいとも思っています。戦前にこの戦
争が負けて、日本は惨憺たる状態になることを感知していた人たちがいたよう
に、この「経済戦争」での敗戦をここ数年予知してきた人々はいるはずです。
希望がないようにも思えますが、第2の「敗戦」から、本当に自前の国を作っ
ていけるチャンスでもあります。

 果たして来年の年の瀬を、せめてひとときでも小春日和にさざめく鳥の声を
聞くような平和の中に生きていられるかどうか、どうかそうあってほしいと願
っています。強くなくてもいい、大国でなくてもいい、つましくても皆が人間
らしい生活ができる国であって欲しいと切実に思います。

ガンジー村通信」編集後記転載  「ガンジーの会」世話人会 【2008/12/04 11:38:32】 [返信] [削除]
会員及び支援者各位

11月23日発行の「ガンジー村通信」から、藤森治子さんの編集後記を転載します。


***********************
「ガンジー村通信」/2008年11月23日発行
編集後記/藤森治子





どこの世界にも魂を売ってしまうような下劣な人間はいますが、「朝日新聞
よお前もか」と思うような驚き呆れるような情報がインターネットの世界に今
満ち溢れています。朝日新聞の記者(編集委員)が、麻生首相の所信表明演説
や文藝春秋11月号の手記「強い日本を!私の国家再建計画」のゴースト・ラ
イターだったというのです。これが事実だとすれば、朝日新聞は、公権力の監
視どころか、権力の片棒を担いでいることになり、一記者の責任にとどまらず、
「朝日」というジャーナリズムの信用の問題になってきます。

 もっとも、小泉元首相を持ち上げ褒め称えていた頃から、朝日は変調を来た
していた節があります。時々弱者には酷薄とも思えるような情け容赦ない社説
がある一方、最近では9月の「自民党総裁選―もっと面白くするために」など
というふざけた社説には呆れていました、有権者の多くが下手な田舎芝居と冷
ややかに見ていたのに・・・・・。ここまで政治と癒着しているとなれば、新
聞が世論を操作していると言われても仕方がないでしょう。

 読売新聞・主筆の渡辺恒雄氏は、著書「渡辺恒雄回顧録」で政治部記者時代
に、60年安保で、樺美智子さんの圧死事件が起こったときに、官房長官官舎
で政府声明の文章を書いていたといいます。また2000年には「神の国」発
言で、森元首相が釈明会見をしたとき、その指南書をNHKの記者が書いた事件
は記憶に新しいところですが、今回はこれらを上回る深刻な事態です。日本の
ジャーナリズムの根幹が問われているといってよいとさえ思います。自浄作用
がないところを見ると、このようなことが当たり前のように行われてきたので
はないでしょうか。

 新聞紙上で首相の動静をみますと、歴代の首相がマスコミ関係者と食事、と
いう情報もよく目にします。また政府要人には番記者がつくなどという慣習が
あり、政治とジャーナリストの距離が近すぎ、癒着が生まれる温床になってい
るように思います。「相手の懐に入らなければ本当の取材ができない」とか「
肉を切らせて骨を切る」などという言い訳をしながら、結局権力に取り込まれ
てしまっている姿が見えてきます。

 自民党がもはやこれまでの手法では成り立っていかなくなっているように、
日本のジャーナリズムも根本からその手法を変えるべきときが来ています。記
者クラブなどという前時代的な閉鎖的な制度はやめるべきです。読者は、首相
や閣僚の一挙手一投足や、垂れ流しの駄法螺を聞きたいのではなく、何より、
国民のためにどういう政治をしてくれるつもりなのかを知りたいのです。

 21日朝日新聞の中間決算が103億の赤字に転落したとのこと。金融危機
など様々な要素を反映してのことだろうとは思いますが、今回のような疑惑を
もたれるに至った体制にも問題があるのではないでしょうか。現代はインター
ネットをはじめ様々な情報摂取手段があります。わざわざ権力のお先棒を担ぐ
ような新聞を、誰も購読料まで払って読みたいとは思わないのです。元購読者
としては、政治的主張から文化欄まで豊かな紙面の恩恵に浴してきただけに、
残念です。リベラルを標榜する朝日新聞のような新聞がなければ困るのです。
今回の疑惑にはきちんとした決着をつけて再出発をしてもらいたいと思います。


「ガンジー村通信」編集後記転載  「ガンジーの会」世話人会 【2008/11/03 13:01:50】 [返信] [削除]
会員及び支援者各位

昨日発行の「ガンジー村通信」から、藤森治子さんの編集後記を転載します。


***********************
「ガンジー村通信」/2008年11月2日発行
編集後記/藤森治子


<今なお大東亜戦争で我が国の侵略がアジア諸国に耐えがたい苦しみを与え
たと思っている人が多い。しかし私たちは多くのアジア諸国が大東亜戦争を肯
定的に評価していることを認識しておく必要がある。(中略)日本軍に直接接
していた人たちの多くは日本軍に高い評価を与え、日本軍を直接見ていない人
たちが日本軍の残虐行為を吹聴している場合が多いことも知っておかなければ
ならない。日本軍の軍紀が他国に比較して如何に厳正であったか多くの外国人
の証言もある。我が国が侵略国家だったなどというのは正に濡れ衣である。>

 ネット右翼の戯言かと思えば、さにあらず、これが自衛隊航空幕僚長・田母
神俊雄の論文の一部です。論文は「アパグループ」(土地開発会社)主催の懸
賞論文で、最優秀賞(懸賞金300万円)を受賞したのだそうです。審査委員
長が90年代から右傾化を推進してきた保守派の渡部昇一と聞けばさもありな
んと思います。

 航空幕僚長といえば思い出したことがあります。今年4月17日名古屋高裁
が自衛隊のイラク派兵違憲判決を下した時、「私が(自衛隊員の)心境を代弁
すれば大多数は『そんなの関係ねえ』という状況だ」と発言したあの人物です。
そのことは、この編集後記4月20日号にも記しました。札付きの憲法違反者
であり、国家公務員としても失格者だったのです。

 浜田靖一防衛大臣は更迭を発表しましたが、このような発言・行動を考える
と、石破前防衛大臣にも責任があるのです。このような人物を、制服組のトッ
プといわれる航空幕僚長に任命していた責任です。現職制服組のトップに明ら
かに逸脱したこうした幼稚な政治的発言を許しているようでは、シビリアン・
コントロールなどできるはずはないと思われます。自衛隊のトップがこのよう
な時代錯誤の考えをもっているとしたら、日中戦争の再来さえ懸念されて恐ろ
しくなります。中国、韓国、その他のアジアの国々が、この論文を読んだらど
う感ずるでしょうか。

 このところ、単純思考のタカ派の自滅行為が目立ちます。教育基本法改悪で
「活躍」した中山成彬前国交相(元文科大臣)の自爆行為といい、今回の田母
神航空幕僚長の更迭に至る言動といい、自壊した安部元首相に代表されるよう
な好戦的タカ派が、国民の反発と時代の流れの中で、最後の悪あがきをしてい
るのでしょうか。それは、とりもなおさず、政権担当能力を失って迷走を続け
ている自民党の衰退と焦りを象徴しているように思えます。



「ガンジー村通信」編集後記転載 「ガンジーの会」世話人会 【2008/09/14 12:56:25】 [返信] [削除]
会員及び支援者各位

連日、自民党総裁選挙狂想曲が展開されている中、マスコミの偏向報道振りには目に余るものがあります。今日のテレビ朝日の「サンディ・プロジェクト」によると、この間、メディア(特にTVメディア)が自民党の総裁選の報道に費やした総時間数は民主党の12〜13倍にのぼるそうです。

本日発行の「ガンジー村通信」で、藤森治子さんが、民主国家では考えられないこうした報道偏向を鋭く批判する「編集後記」を書いておられます。以下に転載しますので、ご一読ください。

***********************
「ガンジー村通信」/2008年9月14日発行
編集後記/藤森治子


報道が報道本来の役割と使命を果たすには、三つ条件があります。事実の報道、公平中立性、批判性。日本の新聞・TVメディアが、この三つの基本条件を放棄して、自民党が演出した総裁選狂想曲の片棒を担いでいることは明々自白の事実です。



誰がシナリオを書いたのかはわかりませんが、「自民党総裁選 白波五人衆」
は、筋書きも結末もスケスケで、その上役者もひどいのであまり評判がよくあ
りません。自民党はすでに森政権の頃から賞味期限が過ぎており、以来小泉・
安倍・福田と、公明党との連立政権によって辛うじて命長らえてきたのであり、
疾うに独り立ち出来ない政党になっているのだという事実を思い出さなければ
ならないと思います。

 戦後わずかな時期を除いて、自民党「独裁政権」が60年近く続いているこ
との方が、民主主義を謳っている国としては異様なことと思わなければならな
いのですが、「権力のうま味」が与党政治家のみならず、国の隅々まで行き届
き、この国の屋台骨を揺るがそうとしています。そのことをこの1年の「ねじ
れ国会」で国民はしっかり知ってしまったのです。「改革の痛み」は個人の財
布の底にまでひびき、「白波五人衆」の大芝居を見ても、「痛み」はひきそう
にありません。

 何事もその渦中にいるものには自分の姿が自覚できないといいますが、この
頃のマスコミは、自民党を批判しつつ、返す刀で必ず民主党を切るのは何故で
しょう。自民党政治家や官僚から情報をもらい、世論操作に協力してきたマス
コミが、政権交代を恐れる心情や利害はよく理解できますが、今圧倒的な権力
を握っている自民党と同じことを、まだ有効な権力をもたない野党・民主党に
要求するのはフェアではありません。この頃では、政権交代を邪魔しているの
はマスコミではないかとさえ思えることがあります。民主党批判は、民主党が
政権を握ったら思う存分したらいいのです。日本記者クラブが一丸となって自
民党総裁選をヨイショしている様子をNHKで知りましたが、有権者はどの党が政
権をとるか、マスコミにそれを決めてもらいたいとは思っていないでしょう。

 政権交代して民主党中心の政権になったとしても、そう簡単に政治がうまく
行くはずはないであろうことは素人でも推察できます。憲法についても安全保
障についても、民主党の方針には問題があります。共産党や社民党がどのよう
に関わっていくのかにも関心があります。ゴタゴタが続き、紆余曲折があるで
しょう。それでも、有権者は、ここまで機能不全に陥った日本の政治は、もは
や自民党には変える力はないと判断し、政権交代を望んでいるのです。さもな
ければ、実質的にこの国の政治を握っている官僚が変わるはずがないと思うか
らです。

 マスコミは、既得権益の中に浸りこんでいる状況をぬけ出て、日本に民主主
義が芽生えてきたことを喜び、それを育てるくらいの心意気で有権者の意思を
尊重し、ジャーナリストの良心を取り戻して報道をしてもらいたいと切実に思
います。有権者は、管理された情報ではなく、リアルな現実の報道を見たいと
思っているのです。自公連立政権にうんざりしている有権者をせめてこれ以上
騙さないでもらいたいものです。恐らく10年くらいはかかるかもしれません
が、21世紀を生きる子どもたちや若者たちが希望を抱けるような、哲学のあ
る政治変革をしなければならないときがきています。


「ガンジーの会」声明 :伊藤和也さんの死を悼む 「ガンジーの会」世話人会 【2008/08/29 00:19:50】 [返信] [削除]
「ガンジーの会」声明

           伊藤和也さんの死を悼む

 アフガニスタンで平和的方法によって復興支援活動に取り組んでこられた伊藤和也さんが、武装勢力によって拉致され、殺害されました。

 私たち「ガンジーの会」は、伊藤さんのご冥福を祈るとともに、ご遺族の方々及び「ペシャワール会」現地代表の中村哲氏はじめ伊藤さんの現地での活動を支えてこられた方々に対して、慎んでお悔やみ申し上げます。

 同時にまた、いかなる理由であれ、非武装で平和的にアフガニスタンの復興支援に尽力されてきた伊藤さんを殺害した武装勢力に対して、強い怒りと抗議の意を表明するものであります。

 伊藤さんは、現地スタッフとして働くことを志願した動機について、「アフガニスタンを本来あるべき緑豊かな国に戻すことをお手伝いしたい」と書いておられます。伊藤さんは、正に憲法九条の精神を、アフガニスタンにおいて実践してこられたわけです。その意味において、私たちは、武力によって九条の精神が抹殺されたことに強い憤りを覚えざるを得ません。

 暴力は暴力の、戦争は戦争の、連鎖反応しか呼び起こしません。伊藤さんの行動は、暴力や戦争の連鎖を断ち切ろうとする勇気ある行動でした。

 アフガニスタンにおける平和的復興支援活動は、今回の事件によって、大きな試練に立たされることになるでしょう。そして、暴力には暴力によって報復をという主張や、民間人による平和的支援活動の継続を保障するためにも武装自衛隊をアフガニスタンへ派遣すべきであるという主張が、今後強まっていくことも懸念されます。しかし、そうした対抗措置は「アフガニスタンに緑を!」という伊藤さんの夢と遺志を踏みにじるものであり、民間人による平和的な復興支援活動を一層困難にするものであり、私たちは強く反対するものであります。

              2008年8月28日  「ガンジーの会」世話人会

「ガンジー村通信」編集後記転載 「ガンジーの会」世話人会 【2008/07/29 14:31:04】 [返信] [削除]
会員及び支援者各位

暑い最中の、ハンスト参加ご苦労さまです。

7月27日発行の「ガンジー村」通信から、藤森治子さんの「編集後記」を転載します。

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「ガンジー村通信」編集後記
2008年7月27日



 昨年の今頃のことを思い出すと、感慨深いものがあります。安倍内閣は最高
に危険な水域に入り、堪りかねて「ガンジーの会」は、5月26日号で、「九
条を護ることを通して 市民の『無血革命』を!」というアピールを出したの
でした。そう呼びかけずにはおれないほどの状況があったわけです。
http://archive.mag2.com/0000131341/20070520060000000.html?start=60

 7月29日に参議院選挙があり、国民は民主党を中心とする野党に大きな期
待を寄せ、圧倒的な勝利を与えました。表面的には年金問題が争点でしたが、
安倍首相の幼いタカ派的発想にNOを突きつけたといえました。そして無理に無
理を重ねてきた安倍内閣は、やがて脆くも自己崩壊していきました。
 選挙の結果が判明した30日は静かな雨が降っていました。その未明、小田
実さんが亡くなられたのでした。時代の変わり目を象徴する死で、「九条を守
れ」という重い遺言を託された思いがしました。

 あれからそろそろ1年。「市民の無血革命」は達成されたでしょうか。国会
は「ねじれ国会」とよばれましたが、そのおかげで年金、防衛省汚職、道路特
定財源、後期高齢者医療保険制度、天下り、官僚の無駄遣い、など驚くような
実態が明らかにされました。もはや衆議院解散・総選挙で政治を変えなければ
この国はやっていけないところまできているようです。

 その意味で、「市民の無血革命」は今は道途上というところでしょうか。9
条をめぐる状況は、国民投票法が決まった以上、危険水位は上がっているわけ
ですが、9条改憲問題以上に、日本の政治そのものが、弥縫的な「改革」では
なく、「革命」を必要としているように思います。

 暑い夏ですが、「市民の無血革命」後半に向けて、さらに長い闘いを頑張りましょう。

「ガンジー村通信」編集人:藤森治子

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