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Re:美しき狂人 jazzy 【2005/01/15 12:59:17】
[削除] Thomasさん、ようこそ。
今回の「既知貝」ネタは反響が大きいなあ(三人だけだけど・笑)
>「思いやりのあるように聞こえる」冗長な表現より、一見簡素で残酷に思える表現の方が、体温を帯びていると私は思います。
ぼくは基本的に差別用語なんかの「言い換え」というのが「問題のすりかえ」のような気がしていて、それで今回ああいう文章を書いたのですが、実は内心ヒヤヒヤものです。「この単語使うこと自体がダメなんだ!」って人が存在するのは確実だからです。で、air氏が喝破されておりますが、やはりどういう状況で使われるのか、公的か私的か云々というのは重要な気がしていますし、ある程度の言葉の刷新も必要な場合がないとはいえないでしょうね。しかし、なんでもかんでも「言い換え」なんてやってると問題の本質が隠れてしまう気がするんですね。
>大部分のエセ表現者が、どうすれば自分が傷付かずにおれるか、と臆病になっているだけで、「そうした表現を使うことで誰かが傷つくだろう」という想像に基づいているわけでは無いですね。
そうですね。あとね、80年代以降急速にその傾向があると感じてるんですが、「他人を傷つけてはいけない」という思想が非常に、というか異様に強いですね日本は。学校で徒競走しても「1等2等」と順番つけないのも「子供を傷つけてはいけないから」でしょう。この思想の背後には「他人を傷つけない生き方が可能である」という思い上がった洞察があるんではないでしょうか。しかし、実際には生きている以上他人を傷つけない事は不可能ですからね。ぎっくり腰になったときに思いましたが、足早に歩く人を見るだけで傷つきますからね、自分が歩けないと。でも仕方がない。歩いてる人を恨むわけにもいかない。開き直るのはよくないけれど、「他人を傷つけない事は不可能」という視点も必要ではないか、と、そう思いますね。パット・メセニーが凄い演奏し終えて「今日はマジで調子悪いよぉ〜」とか言うのを聞いたらヘタクソなギタリストは傷つくけど、仕方ないですよね。傷つけたのはパット・メセニーではない。
「障害」ってことに関しても、呼び方をどうするか、傷つく傷つかない、というより、「健常/障害」という区別そのものがまずもって怪しいという部分を見てゆく必要があるように思いますね。そもそも基本的に異常でない人なんていないと思うのですが・・・・。
>そう。そうした想像力が本当に大事ですよね。誰しもが明日障害を負うかもしれない。誰しもが明日犯罪を犯すかもしれない。その自覚を持てない者が表現者たり得るはずがありません。
結局キーワードは「想像力」ということになりそうですね。Imagineする力。そこが欠落すると何にせよ危ない。「人を殺してなぜ悪い?」という質問が発生する場所に想像力は存在しないわけですから。
Thomasさんもairさんもさすがアーティストですね。「既知貝」ネタですぐさまこういう意見が出てくるところが。ふだんから考えてないと出てこないもんね。さすがだ。
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